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 ▼20周年記念「やまねこ読書会」まとめ  やまのまま(WYN-2302) 18/2/8(木) 20:47

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 ■題名 : 20周年記念「やまねこ読書会」まとめ
 ■名前 : やまのまま(WYN-2302)
 ■日付 : 18/2/8(木) 20:47
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   去る1月27日(土)、都内にて20周年記念「やまねこ読書会」を開催いたしました。
課題書は、2017年やまねこ賞読み物部門で1位に輝いた作品『わたしがいどんだ戦い1939年』(キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー作/大作道子訳/評論社)です。
当日は訳者の大作道子さんも参加されて、いろんな裏話(一部オフレコのため、ここではご披露できないのが残念です……)もうかがいました。
今回は一般の方にも参加を呼びかけた結果、多数の応募者があり、いつにも増して楽しい会となりました。(中には、この機会にやまねこ翻訳クラブへの入会も考えたいとのお申し出をされた一般参加者の方も! 本当にありがとうございます)
 さて、読書会の議事録をまとめましたので以下に記します。内容は基本ネタバレとなりますので、あらかじめご承知おきくださいませ。
 
※参加者のみなさまへ:当日取りましたメモをもとに、ご発言をできるだけ正確に掲載できるよう努力しましたが、100%忠実な再現は難しく、また読みやすさを優先して趣旨の似たご意見をまとめた部分もあります。そのほかもろもろ、なにとぞご容赦のほどを。

以下、ネタバレとなります。未読の方はご注意ください。


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◎課題書の主人公エイダについて
 ・「狼に育てられた少女が保護されて文明社会に戻り、失った人間らしさを少しずつ取り戻していく」物語を思い出した。幼い頃からずっと家に閉じ込められて育ち、家族以外の人とのコミュニケーションのとり方を知らない不幸な生い立ちが哀れでならなかった。
 ・かわいくない。周囲の親切にいちいち疑心暗鬼になっている感じ。
 ・悲惨な生い立ちを考えると、多少ひねくれたものの見方をするのは仕方がない。
 ・何が不満なのかと尋ねられたエイダが、周囲や自分に対して感じた「怒り」を心の中で一つ一つ挙げていく部分が読んでいてつらかった。
 ・一見素直でないように見えて、実は自分の心情にはこの上なく素直な子だ。
 ・比類ない強靭な精神の持ち主。自分の運命を自分で切り開くタイプ。タイトルにある「戦い」は現実の戦争だけでなく、主人公の「心の戦い」も意味している。
 ・悩みながらも、しだいに周囲を受け入れていく心の変遷が身につまされた。これは主人公が紆余曲折を経て幸せを受け入れていく過程を描いた、一種のサバイバル・ストーリーだ。
 ・自分が納得したもの以外は認めない、というエイダの心の強さは、天賦の才では。
 ・言動の端々に、たぐいまれなユーモアのセンスを感じる。
 ・エイダは『スイスのロビンソン』のお話が、都合のいい展開がありすぎていやだと言うが、傍から見ると彼女の疎開先での生活はそれ以上に恵まれている気がする。
 ・疎開先で苗字を尋ねられて「ヒトラーです」と答えたのは、過去と決別したいという思いの表れか。
 ・「ヒトラー」という名前を出したことについては、深い意味はなく、思いつく名前がほかになかったからでは?という意見も

◎そのほかの登場人物(動物)について
 ・スティーヴンは物語のキーマン。彼がいることでエイダの気持ちが崩れずにすんだ。彼がロンドンに帰らず村に残った理由について、作中で丁寧に説明されているのがいい。
 ・同世代の少女マギーとエイダの心の交流がすてき。
 ・スーザンの存在が興味深い。彼女自身もエイダたちとのふれあいを通じてトラウマを乗り越えていった。エイダに対しても一人の人間として向き合っていたのがすばらしい。エイダの「心の師匠」と言える。牧師の父に勘当されて、移り住んだ村で女性パートナーと死別(明記されていないが同性愛者?)したあとも、村社会で孤立しながらひたすら自分の生き方を貫く女性、というのは時代性を考えるとかなり踏み込んだ設定。
 ・実の娘を虐待する母の存在について:最後はどうなったのか? 空襲であんなにあっさり都合よく物語から退場して、それで終わりなのは不満。
〈それに対して〉この手の展開は物語としてあたりまえだし必然性がある。/決別を宣言したエイダにとって、母親はすでに死んだのと同じだ。/続編で母と娘が和解することを期待したい。/母親自身も戦争の犠牲者。/エイダを虐待しているように見えて、一方では依存しているふしもある。/過去を描いた作品中にあって、新しさを感じる女性像だ。/望まないで子を産んでしまった女性が、どれほど恐ろしい母親になるかが示されているのでは。/エイダが親との対立を避けたがっている気持ちは、個人的に共感できる。
 ・馬やポニーとの出会いのシーンの描写に心ひかれた。乗馬の経験があるので、エイダの乗馬術が上達していく過程に共感できた(彼女がトラウマを乗り越えていくことの象徴では、との意見もあり)。欧米では日本と違い、馬がずっと身近な存在だ。
 ・猫のボブリルがかわいい。
 ・足に障がいがあるエイダを「怪物」呼ばわりして、治療を受けさせず虐待した母親や「足が悪いのなら頭も悪いに決まっている」と決めつけた大人たち、ジェイミーの左利きを無理やり矯正させようとした教師の話などに、偏見や無知の恐ろしさを感じた。

◎ほかの児童文学、エンターテインメント作品等との関連性
 ・『おやすみなさいトムさん』(ミシェル・マゴリアン作/中村妙子訳/評論社)や、「ステフィとネッリの物語」(アニカ・トール作/菱木晃子訳/新宿書房)との共通点がうかがえる。前者は「疎開してきた子ども」と「大切な人を失って心を閉ざした大人」との心の交流が、後者は「戦争をのがれて見知らぬ土地に住むことになったきょうだいが周囲との触れ合いを通じて成長していく」物語なので。
 ・物語の後半で、エイダが疎開した英国南部の海沿いの小さな村がしだいにドイツ軍の脅威にさらされていく部分を読んでいて、戦争映画「ダンケルク」が頭に浮かんだ。
 ・〈翻訳者大作さんから〉訳す際に英国TVドラマ「刑事フォイル」「ダウントン・アビー」シリーズがとても参考になった。

◎印象に残ったシーン
 ・スパイの話は本当に必要か?(ここだけ浮いている気がしてならない)
〈それに対して〉戦時下だということを象徴するシーンだし、物語を前に進めて盛り上げるためには、なんらかの形で主人公が成功体験を得るエピソードがほしい。/突拍子がないと思えるのも事実だが、時代背景から言っても当時の英国人が敵国のスパイに神経を尖らせていたのは容易に想像できて、物語のリアリティが増す。/存在を否定された過去を持つエイダが長い時間をかけて自らの価値を見出し、社会の中での居場所を見つけたのを語るのに欠かせないエピソードだったと言えそうだ。
 ・エイダがスーザンを初めて名前で呼んだ場面。
 ・エイダがスーザンに不満をぶつけたシーン。対立を越えて、初めて本当の家族としての絆が生まれた気がした。
 ・クリスマスを知らないエイダがスーザンにあれこれ質問して、驚かれるシーン。家に閉じ込められて育ったので教会に行ったこともなく、神様について何も知らないエイダが気の毒でならなかった。
 ・クリスマスプレゼントに新品の服をもらったエイダがパニックを起こすシーン。彼女のトラウマの深さが感じられた。ただし、落ち着かせようとしたスーザンに手を握られたときに抵抗しなかったので、エイダの心が癒されつつあるのが読み手にも伝わってきた。
 ・ロンドンに連れ戻されたエイダが、母親に決別を告げるシーン。
 ・読んでいてつらい場面が多い中にも、クリスマスにエイダがマフラーを編む場面など、ほのぼのとしたエピソードがいくつか入っていて救われた。
 ・物語の最後でエイダとジェイミーはロンドンで空襲にあって家を失い、二人を探しに来たスーザンと劇的な再会をして村に戻るとスーザンの家も爆撃で跡形もなく壊れていた。悲劇でもあるが、すべてを失ってしまっても三人が家族として新しい出発を迎えることができるだろうという希望を感じさせる。

◎そのほか
 ・YA寄りの児童書としてすばらしい作品
 ・原書を読んだとき、タイトルの「save」のイメージから主人公が戦争に「救われた」物語という視点で読んだが、翻訳版タイトルは『わたしがいどんだ戦い』となっており、主人公が幸せを「つかみとる」お話という観点から再読できた。二度楽しめました!
 ・一度読んだあとあらためて読み返したが、細かいやり取りや言葉にどれも意味があったことに気づかされて、胸が熱くなった。あたりまえの言葉が持つ意味を学ぼうとして質問を繰り返すエイダと、それに答えるスーザンとのやり取りが味わい深い。
 ・最高の作品だった。翻訳者さんにありがとうと伝えたい!
 ・とにかく読みながら号泣してしまった。
 ・テーマは重く、児童書として禁断すれすれの問題を含んだ箇所もありそうだが、ぜひ若い世代にも読んでほしい一冊。
 ・原文にあった言葉遊びが翻訳版でもうまくいかされている。
 ・実家で出生証明を捜す場面や、エイダを手術するには親の同意が書面で必要なので、スーザンが何度も連絡を取ろうとするくだりとか、戦時中の混乱下にあっても、英国は意外にそういう面できちんとしていたのだと知って、当時の日本との違いを思った。
 ・やまねこのメルマガに出すレビューでこの本を担当した。そのときは三週間ずっと肌身離さず持ち歩いてひたすら読みふけり、心からの感動を覚えた。
 ・戦争で子どもが悲惨な思いをする設定はある意味で児童文学の定番ストーリーだが、つらい生い立ちをした主人公が「戦争を利用して状況をいいほうにもっていく」のは新鮮な切り口だった。

◎訳者 大作道子さんから
 ・持ち込みではなく、評論社の方から声をかけていただいたのが訳すきっかけだった。
 ・以前同社に持ち込みした本と「戦争」「少女」「馬」のキーワードがかぶっていたので、声をかけてもらえたのだと思う。
 ・『おやすみなさいトムさん』と似た要素があって、その女の子版でとてもいい物語だとエージェントから推薦されたと聞き、原書は未読だったがきっといい話だろうと思った。さらに2016年やまねこ賞の原書部門で高く評価した会員が3人もいて、もう間違いないと思った。
 ・主人公のエイダは大好きなキャラクターで、自分を重ねながら読めた。
 ・原文を正確に読み取る難しさを感じながら、とにかく誤訳をしないように心がけた。やまねこの友人が原書を読んでおり、訳文を細かくみてもらったり、訳語について相談したりできたのでとても助かった。
 ・舞台となった英国は原作者(アメリカ人)にとっても外国なので、作品を書く上でも細かいリサーチがされており、戦争を実際に経験した人々のリアルな生活が描かれている。
 ・個人的に好きなのは、15章のマギーとの出会いのシーンや、クリスマスの準備をするエピソードや、スーザンが「わたしはこの子のために戦います」と宣言するところや、ロンドンの防空壕でエイダたちが見知らぬ人から親切を受ける場面など。
 ・自分が翻訳した作品が、こんなにも多くの方に心を込めて読んでもらえたと知って感激です! ありがとうございました。

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以上です。みなさん、ありがとうございました!

やまのまま(WYN-2302)

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